歴史を積み重ね“おいしい”をつくる 味日本100thヒストリー

黎明期

[1865年~1925年]

呉服屋として創業。難波寅之助が鈴木家に養子入りし鈴木栄助と改名後、個人で鈴木商店を設立し、砂糖・小麦粉・石油など日用品を卸販売。大日本製糖・日本製粉の特約店となり、キリンビールの総発売代理店とも取引し、県内トップの特約店に。日用品の扱いもさらに広げた。

1865

鈴木商店(呉服屋)として創業。

1886

難波寅之助が鈴木家に養子に入り、鈴木栄助と改名し、家督を継ぐ。

1889

鈴木栄助が個人経営で鈴木商店として砂糖、小麦粉、石油など日用品の卸販売を開始。

1904

砂糖メーカーである大日本製糖の特約店となり、取引を開始。

1910

小麦粉メーカーである日本製粉の特約店となり、取引を開始。

1914

第一次世界大戦勃発。

1916

キリンビールの総発売代理店「明治屋」と取引を開始し、ビールの取扱量が飛躍的に上昇した。後に、広島県下で1番目の特約店となる。

1925

日用品(酒類、酢、マッチ、ろうそく等)の扱いを拡大。

2代目社長となる鈴木敬三とともに黎明期を支える。

鈴木商店は終戦まで本川橋西詰めの塚本町35番地(現堺町)にあり、その下流の河原町に3,000坪を有する「萬春園」と名付けた鈴木家の別荘が存在した。

創業期

[1926年~1961年]

株式会社として正式に創業。グルタミン酸ソーダ「味日本」の製造が軌道に乗る中、太平洋戦争が勃発。原爆投下で本社・工場が全て焼失。生き残った社員は瓦礫の中で再建に尽力。その後、鈴木化学工業株式会社は製造部門として独立し、研究棟をはじめ各工場の建設に着手。会社復興へ着実に歩んだ。

Since1926

経営を株式会社組織とし、株式会社鈴木商店を設立。
資本金60万円。

1931

株式会社鈴木商店が新しい事業に乗り出すため、資本金の半分を出資し、味日本製造株式会社を設立。

グルタミン酸ソーダ「味日本」の製造を開始。当時のグルタミン酸ソーダの製法は、植物性蛋白質を濃塩酸で加熱分解し、更に濃縮放冷して塩酸塩を作り、これを圧搾して母液を除き中和してグルタミン酸とし、再び中和して濃縮結晶させるという厄介で面倒な作業であり、製造に約1か月を要した。

1937

株式会社鈴木商店が味日本製造株式会社を吸収合併。

合併したことで、製販会社となる。

1944

社名を鈴木化学工業株式会社に変更。軍の統制のもと、グルタミン酸ソーダメーカーとしての役割を果たす。

1945

戦火が強まり、広島市での工場運営が厳しくなる。豊田郡大崎上島にある塩田に工場を疎開。粉末醤油に使用する食塩を生産して、製塩にも励む。

原爆投下により、塚本町の本社及び皆実町の工場は一瞬にして消失。皆実町の工場では、社長以下23名の尊い命が犠牲となる。

1946

生き残った28名で会社の復興に励む。建物の再建、その後生産マニュアルも指導者も不在の中、手探りで生産を開始。

1950

鈴木化学工業株式会社(製造部門)は別会社として皆実町に独立分離。

1951

鈴木化学工業株式会社の当時専務である小川真澄氏(後の5代目社長)が初代カープ後援会会長に就任。

出資者の領収書代わりに発行されたカープの株券。

1953

研究棟建設。

戦後の復興の市民の潤いになればと、平和大通りに柳原義達の作品「ラ・パンセ銅像」「瞑想の石碑」を寄贈。

1954

事務所棟建設。

1955

ボイラー棟建設。

1960

営繕工場建設。

営繕課(現技術課)作業場。

立志期

[1962年~1997年]

発酵法の開発により主力のグルタミン酸ソーダ製造を失ったことを契機に、協和発酵工業株式会社が経営参加。社名を味日本株式会社に変更し、日清食品株式会社の参加も得て両親会社の支援のもと、研究・商品化技術を強化。工場増築と関東進出で製品数と生産能力を拡大し、ラーメンスープの製造も開始した。

1962

発酵法の開発により化学調味料グルタミン酸ソーダの価格が暴落。

鈴木化学工業株式会社に対して、発酵法の世界的な特許を持つ協和発酵工業株式会社が資本参加。資本金5,000万円に増資。グルタミン酸ソーダ「味日本」は協和発酵工業株式会社防府工場へ全面移管。

1963

複合調味料「アジエース」を発売。

1965

社名を『味日本株式会社』に変更。

実質的に株式会社鈴木商店との経営的関わりが終わる。

1968

混合室・流動層棟建設。

1971

日清食品株式会社が協和発酵工業株式会社との業務提携により経営参加。両社の研究技術面、商品化技術面のバックアップで総合調味料会社となる。味日本のラーメンスープ製造開始。

1974

粉体混合包装工場建設。

1975

第1工場建設。
立体倉庫も併設した液体スープ工場。

1978

造粒棟建設(現押出造粒1階から3階建屋)。

1982

第3工場建設。

1984

第4工場建設。
事務厚生棟建設。

※前年に営繕工場解体。

1988

第5工場建設。
現第3工場から第5工場が棟続きになる。

1990

大阪営業所開設。

1992

関東出張所開設。

1993

関東出張所を東京営業所に昇格。

1995

福徳神社遷宮。

第1工場へ垂直搬送機を入れる為、福徳神社を第1工場屋上から事務厚生棟屋上へ移設。

1996

日清焼そばU.F.O.のソースの生産受託により、充填機ダンガン導入。

成長期

[1998年~2015年]

大手食品企業で食中毒や偽装事故が発生したことを受け、コンプライアンスを徹底し、フードディフェンス体制を強化。その一環としてリスク管理教育を開始。さらに品質・環境面でISO認証を取得し、社会的ニーズに応え顧客満足を高めつつ、大手食品メーカーからの受託も実現した。

1998

大手企業の食中毒や食品偽装事故により、コンプライアンス重視、フードディフェンス体制が強化される。その一環として毎月の工場全体朝礼で「リスク管理教育」を開始。

1999

液体混合場建屋外壁改修。

日清食品株式会社の焼きそばソース増産対応を目的に、屋内にあったオイルタンク3基を屋外に移設。屋内に大型タンクを7基新設。

国際規格「ISO9002」を認証取得。

2000

九州営業所開設。

2001

創立75周年式典。

2002

品質保証部発足。

部署名変更及び新部署立ち上げ。

製造部において、当該課が何を製造しているか、分かりやすい組織名に変更。ベビーフードの生産を受託することで「健食包装係」が立ち上がる。高度な品質管理レベル体制を確立。

新社屋建設。
(現西日本営業所、駐輪場)

国際規格「ISO14001」を認証取得。

2003

画一的なイメージを払拭し、自由で自立したプロフェッショナルとして意識改革を図る目的で、間接部門の女性事務服を廃止。

2004

食品衛生優良施設として、都道府県知事・日本食品衛生協会支部長から認定。

2005

工場の衛生度の維持向上を目的に「衛生採点制度」を開始。客観的視点で環境安全課・外部防虫防鼠管理会社が評価し、その結果をフィードバックする仕組みをつくる。

2006

創立80周年式典。

2008

スマイル100の先駆けとして、生産管理本部の目標と行動指針を制定。

「りんごの樹」に例え、従業員の力が実を結び、会社の成長に貢献する職場づくりを推進した。

2009

液体間欠充填導入。
吸引方式2重管ノズルによる完全間欠充填技術を確立。

2012

バルクトレースシステム導入。

2015

「FSSC22000」認証取得。

発展期

[2016年~2026年]

創業90周年に伴い、味日本初のスローガン「味日本にまかしんさい!」が全社公募で誕生。量販・ドラッグストア向け受託を拡大する一方、新型コロナウイルス感染症拡大で在宅勤務やリモート会議が定着。部署の垣根を越えた交流「スマイル100」やノー残業デーを始め、働きやすく快適な職場づくりを進める。

2016

創立90周年式典。

スローガン「味日本にまかしんさい!」を制定。お客様の信頼を勝ち取り、味日本に頼めば大丈夫と思ってもらえるような企業になるという思いが込められている。

90周年記念商品として「大羽いりこだし」を販売。

事務厚生棟食堂を改装。

従業員がより使いやすく、リラックスできる明るい雰囲気に改装。

中四国営業所・九州営業所を統合し、西日本営業所を開設。

2019

生産管理本部、研究開発部、品質保証部、抽出場があった研究棟建屋を解体し、立体倉庫があった第3工場南側へ移設。抽出場は第5工場1階へ移設。

2020

高速カートンライン導入。

新型コロナウイルス感染症が世界的に流行。

供給責任を果たすため、重要な役割を担っている従業員の感染症予防対策の徹底と患者及び濃厚接触者への対応を要した。働き方も変化し「在宅勤務」、「リモート会議」を導入。食堂などでの会話が制限されたことでコミュニケーションが希薄となる。

2022

働きやすい職場とは何かをみんなで考え、周囲の人に自信を持って勧めることができる会社にするためコンサルティングを導入。2026年の味日本創立100周年を皆で笑顔で迎えるという思いを込め「スマイル100」プロジェクトを開始。

2023

ワークライフバランスの充実と業務の生産性向上を目的に「ノー残業デー」を導入。

社内の各種申請用紙である年末調整や自己申告書あるいは給与明細など、これまで紙で配布していたものについて、人事労務クラウドシステムである「SmartHR」を導入。ペーパーレス化を進める。

自由で創造的な職場をつくり、従業員一人一人の生産性向上と新しいアイデア創発、コミュニケーションの活性化を目的に「カジュアルEvery Day」を導入。

2024

SCM部発足。

味日本の競争力強化をミッションに、資材の調達から製品出荷までを担う組織体制へ見直すと共に、名称を業務部からSCM部に変更した。

営業企画課機能強化。

味日本の全体最適をミッションに、他部署との調整役や営業戦略・営業支援などプロパー部門の司令塔となるべく、営業企画課の機能を強化した。

2026

創業100年
そして、これから先の
「第2期創業期」へ

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